死海浮遊体験の翌日、アンマンへは砂漠の道を45km進む。途中でサルトという古い商業都市へ寄る。
かなり急な斜面に多くの建物が囲むように建っている世界遺産の歴史都市。

サルト(2021年第44回世界遺産委員会会合で登録)
(ヨルダン中西部のバルカ高原にある3つの丘の上にあり、東の砂漠と西の砂漠を結ぶ重要な貿易拠点)

斜面に屋根がテントのアーケードの小さなお店が並んでいる。(歴史商業都市サルトの保存に日本も協力しているらしい)
お店の素敵な女性たちがポーズをとってくれました😊。


ピタパンを焼く女性と、ヨルダンに昔から伝わるゲームをする男性


子ども用品のお土産物の店と、ヨルダン料理


ヨルダンの首都アンマンに到着

アンマン城塞(Amman Citadel)の丘の上は360度の市街地に囲まれている。
日本と同じように紀元前からの長い長い歴史があるアンマンの城塞


その中でも、特に古いところは中期青銅器時代(約BC3000年前)の墓穴(Bronze age Cave)説明看板をAI翻訳によると、1つの石灰岩をくり抜いた空洞になっていて、中期青銅器時代には共同墓地、歴史が変わるにつれて様々な異なる再利用されていたらしい。
👇Bronze age Caveとヨルダン考古学博物館


アンマン城塞の遺構の多くは、未発掘で、それが80%にもなると言う。1920年~イタリア、イギリス、フランス、スペインおよびヨルダンなどの調査が始まり、1995年~現代に入り、アメリカ合衆国がヨルダンと協同で、観光および地域社会に価値あるこの地を保護・修復する保全事業を開始した。
西暦2世紀あたりのアンマン城塞では・・。
ヘラクレス神殿(西暦162-166年構築)、ローマ時代の構造物、ギリシャ建築様式美の飾りのある太い石柱が大迫力で目の前に見える。皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスのために造られたとされる。遺跡の真下に入り、記念写真をしている人がいるのにビックリ!地震で落ちたら?危なくないのかな?


円形劇場も2世紀、ローマ時代の建造物


円形劇場の席数は6000席で、ヨルダン最大の規模。私も円形劇場の客席に上がってみました。当時の女性たちは、長いスカートでこの急な階段を上るのは怖かったでしょう?またまたAIにローマ時代の円形劇場の席について聞いてみましたら、「女性は身分に関わらず、最下層の身分の席で、最も遠く、見えにくい、最上部の席に追いやられていた」ということです。女性にひどく差別的なのですね、ローマ時代。
👇アンマン城塞遺跡から見える円形劇場

この様な危険で怖い席に、好き好んで行く女性は少なかったのではないかな?いや、丘の上から行けば近いかな?でも、座っているだけでも怖い高さ、人がいなくてすべったら下まで落ちます。しかし、1800年以上前の劇場が現存して、出入り自由な世界遺産とは、ヨルダンは観光に大らかな国ですね。
ウマイヤ朝の宮殿
西暦730年頃に建てられたビザンティン様式の宮殿

正門入口はギリシアの十字形の設計がなされている。ドーム型の入場の間は天井部分など修復されている。それでも1300年以上昔の石積みやその跡が今も残っているのが素晴らしいです。


ウマイヤ朝の宮殿の近くにはビザンティン教会があったらしい。

ウマイヤ朝の貯水槽・・・宮殿に隣接した場所にあったウマイヤ朝の巨大な貯水池、丸く囲った石積みが隙間なく美しい。下の方に地下通路があるらしい。
アンマン遺跡の丘を囲むように山の斜面に建つ市街地が見渡せる貯水池、

ヨルダン考古学博物館に展示されているお宝のような発掘品がいっぱい。考古学の知識がないので残念だけど、テルマエ・ロマエで使っていたような本物が見られます。

アンマン城塞の丘を下りて市街地を見上げると、

坂が急なところに立つ家々は、石段がほとんどの移動手段。
たまに道があっても、つづら折り道ではなく、真っ直ぐな滑り台みたいな急坂道なので、運転は大変テクニックがいるでしょう。
でも、此処は歴史保存地区なので近代的なビルもなく、古い街並みを保存している。
アンマン城塞(Amman Citadel)は、ペトラ遺跡と並ぶヨルダンのお宝世界遺産だと思いました。