思うように生きる  coolpine19のブログ

夏は山遊び・山登り、きのこがりと軽キャンピングカー、冬は街の暮らし 季節の変化、いろいろな出来事も、つらつら書いています

ジョージアの旅no.2 カズベギ山展望ハイキング

ステパンツミンダ村の標高で1700m~1740mと高い

天気予報は雨だったが、山の天気なので変わるのが早かった。午前中が天気が良く、午後から崩れやすい。これも日本と同じ。そういうことで早朝ハイキングとなる。

途中悪路もあるので4WDの車で、ハイキングスタートの駐車場まで行くというルールがある。Ⓟはホテルからは見えない山の中腹裏側にあり、サメバ教会へ車で行く人の為の広い駐車場となっていた。Ⓟからサメバ教会を見るとこう見える👇

振り返って、ハイキングをスタートする。此処で標高2100m位👇

カズベギ山5054mは、遥か向こうにそびえる雪山、そこまでは到底登れません。雪渓ギリギリで、装備無しで行ける所まで行くというのが、ここのハイキングルール。

けっこう急登で約200mの標高を登り・・・

ふりかえると絶景、駐車場もサメバ教会も見えて、泊まったホテルも見えた👇

近くの村からいつの間にか、ワンコもついてきていた。ちょっとお疲れワンコちゃん。

セイヨウオキナグサを見つけました。八ヶ岳の翁草と違ってムラサキ色なのね。

フレンドリーなワンコさんと、記念写真を撮らせてもらいました。

お花はセイヨウコザクラソウ

雪渓が出て来て、もう先に行けなくなっていたのでハイキングは此処まで。


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ここから真っ直ぐ下山し、駐車場Ⓟを通り越し、サメバ教会まで歩いて行きました。

ここで、ハプニング!

私達と一緒にサメバ教会までついてきたワンコ2匹と、もともとサメバ教会にいるワンコ2匹とのお客さん取り合いのようなケンカ、犬どうしの争いになり、とても怖かった。こちらの犬の世界にも厳しい掟があるのでしょう・・。

ゲルゲティ・ツミンダ・サメバ教会(三位一体教会)は、標高2170mにあり、14世紀創建、雲海や広大な大自然を見下ろすロケーションで、『限りなく天国に近い教会』と言われる。ジョージア正教会の聖地でジョージアの象徴と称される。

教会内では、伝統的な形式で、重々しく神々しいミサが行われていました。スカーフなど髪と洋服に注意が必要。

サメバ教会から見るとこう見えます👇

まさに、此処は天国に一番近いところ・・・のような気がします

ハイキングをした山や、雪のカズベギ山も見えます👆

あの雪渓の横を歩いたんだな~とか思い、絶景を心のシャッターに収める。

下山後、遅い朝ごはんを食べ、ステパンツミンダを出発。

また、峠越えの危ない軍用道路を通る。が、疲れでほとんど寝ていたので怖くなかった。昼食でレストランに寄り、景色の良いビユーポイントを巡りながら、クタイシまでのバスの旅

アナヌリ教会とシンバリ貯水池(ジョージアの生活用水の命綱)

アナヌリ教会は17世紀の要塞教会 おとぎ話のお城みたい。

焼いた鶏肉と牛乳の煮込みはシュクメルリ、右はヒンカリ(大きな小籠包のよう、中の肉汁スープをこぼさないように食べる)

色々と美味しいジョージアのお料理

クタイシに到着 

クタイシは、紀元前6世紀~1810年ロシアに併合されるまで、グルジア連合王国の首都だった街、日本で言うところの京都みたいなところ

噴水の青銅器の動物は、近隣の遺跡から見つかった動物レプリカで、古くから青銅器文化があったことが分かる

噴水広場の周りは、ヨーロッパ調のおしゃれな街の雰囲気がある

丘の中腹にバグラティ大聖堂(11世紀完成)が見える

バザールの近くの壁画には、グルジアの付近の国々との戦いの歴史や、ブドウからワインづくりの歴史など様々な苦難の歴史が彫刻されている

市場は、ソ連時代の雰囲気が色濃く残り、まだまだ庶民の生活は大変なんだと実感させられる

紐で吊るしたチュルチュヘラ 

クルミを紐でつなげ、煮詰めたブドウ果汁でコーテングした手作りのお菓子。個包装されているのでなく、そのまま、乾かして吊るして売っているので、ハエも飛んでいるし食べるのに勇気がいる。ドライフルーツもそのまま売っている。日本と違って乾燥地帯だから大丈夫とも言える。👇

古着なのかリサイクル洋服みたいなものがうず高く積まれ売られていたり、車は日本車の形式遅れの20年前の車がどこかの港から運ばれ、オークション等で、手に入れるそうなのですね。いまだに産業は農業中心で、工業団地もない、新興住宅街もない、大型スーパーもコンビナートも、工場地帯もない。

ジョージアの若者の失業率は20%、GDPは世界107位(日本は4位)

1991年のソ連崩壊により、ソビエト連邦の支配から独立して約30年、

「自由にはなったけれど仕事がない、豊かにはなっていない」ジョージアの現実

また、2008年、ジョージアは南オセチアをめぐりロシアとの戦争でやられ、アブアチアも軍事侵攻され、国土の20%をロシアに侵攻されている。その地の人はロシア国籍だそうだ。今だ、停戦状態であり、いつ再びウクライナのようになるか分からないという不安もある。

それでも、道をのんびりと牛や馬、豚の家族が横切るジョージアの風景は癒される。

大コーカサス山脈があったおかげで守られていたジョージアは、そこに軍用道路を通されロシアによる侵攻があり、支配されていった。

日本は海に囲まれてたことが天然の要塞となり守られていたと、日本に生まれただけでラッキーなのだと、あらためて考えさせられたジョージアの旅です。