ウシュグリ村
標高2400m、朝は3℃位に冷え込むので、ダウンの上下ウェアは必携、また、旅行用湯沸かし器も役に立った(ホテルはロッジタイプなので常備無し)、停電もあり

薪ストーブと赤白ワインと、みんなで一緒に大皿を分け合うジョージアの食事


世界遺産ウシュグリ村では2泊し、ハイキング2回の他、ガイドさんと村を歩いて説明を聞いたり、地元のレストランにも行ったりする
中世ジョージア王国タマル女王の夏の離宮の要塞の石塔の説明を聞いている時も地域犬ワンコはついてきて静かに待っている


犬の目の先の村がウシュグリ村map👇と同じみたい

反対側はチャジャシ地区が見下ろせる
スワネティ地方の特徴的なスレート屋根は、付近の岩山の粘板岩で剥離性があり、凍ってもひび割れしにくい耐久性・防水性がある。屋根に重ねて並べる工法なので下に滑り落ちやすいが、その部分は、また、付近の岩山から補給・修理する。

石塔も同じように、粘板岩のスレートを重ねて造る。間に土を練りセメント状に挟んで重ね、20~30mの石塔が出来る。粘板岩は黒・灰色・青黒色と様々なので、模様もアート感がある。スワネティ地方の風土に合う何世紀たっても人の心を惹きつける重みのある石塔となって村や人を守っている。
現在の石塔の中でも、住居や厨房、倉庫などで使われている
世界遺産に住み、レストランをされているお部屋でお話を聞く

ウシュグリ村の何気ない風景・・地域犬が土の道の真ん中で寝そべることができる。
日本の会社名が残ったままの中古車が誇らしく使われている。
時代をタイムスリップしたような村。


ハイキング1回目

ジョージアのハイキングは頂上まで登るのではなく、雪渓がでてきたら、そこで終わり。山の尾根など含めジョージアには山小屋は一切無いので、登ったら暗くなる前に自分の足で帰って来られることが重要となる

雪渓が出てきたのでハイキングはここまで、ストックの横の花はキバナのアマナ
右は、ヨーロッパ原産 エランティス・ヒエマリス(キバナセツブンソウ)日本のシナノキンバイと大変似ているがそれよりちょっと小ぶりな花


下山後の歩数は18000歩だった
ハイキング2回目


ジョージアでは上の写真ような牧草地は牛や馬のためにあるのでハイキングで入れない。人は谷を歩く。雪渓も越えて、雪の溶けた冷たい小川を渡り、どんどん歩く。
雄大な自然に抱かれて幸せな気分😊・・

氷河の舌👅と言われるところに到着して、ここまでで終わり。
この先行っても限りなく続く大コーカサス山脈


ネコヤナギ風なのは、サリクス、カウカシカ

一面の雪の原っぱ 360度の大自然の中にいると心が清々しくなる


左はセイヨウユキワリソウ(サクラソウ科)右はアシュガ・ピラミダリス(西洋十二単)

牛さんは山の方まで広く高く放牧されている。芽吹いた新緑をたくさん食べて、のびのび育つ。雪の所にいるのは水を飲んでいるのかも。此処から村までどうやって帰るのでしょう・・。と思いながら帰りました。

帰りのラマリア教会は見学の予定が、撮影中で入ることが出来なかった。
グルジア共和国の独立記念日1918年5月26日に合わせ、国境を守るジョージア国軍の映画を撮影していた。(写真だけOK)ジョージアは、グルジア共和国として1回目の独立1918年、その後1921年にソ連に併合され、1991年ソ連崩壊後に再び独立した。
翌日も、クタイシやトビリシで建国記念日のお祝いのパレードやコンサートで街は盛り上がっていました。
左は、クタイシの街、ジョージアの国旗が街中に、はためく


かつてトビリシの中央広場、巨大なレーニン像があったところは、今では馬の銅像(青く光る所の上)で、自由広場となり、この日は、建国記念のコンサートが行われました。
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山の楽しみ方もその自然や風土に合わせて、国が変われば変わる。
日本で当たり前と思っている安全は、外国ではない場合もある。
食べるものも違うし、咲いているお花も日本のものとはちょっと違う。
そういう違いを面白い!と思えることが旅行の楽しみなんだなぁ~と思う・・😊