思うように生きる  coolpine19のブログ

夏は山遊び・山登り、きのこがりと軽キャンピングカー、冬は街の暮らし 季節の変化、いろいろな出来事も、つらつら書いています

アルメニアの旅 アララト山とアルメニア人

アルメニア人にとって誇りであり、民族の象徴、故郷、精神的支柱の山がアララト山

左が小アララト山3.896m(富士山そっくり)、右が大アララト山5,137mの双耳峰の山

アララト山は、旧約聖書の『創世記』によると、大洪水の後にノアの方舟が流れ着いた場所とされる。

👇アルメニア国章にもアララト山とノアの方舟が描かれている。

日本人における富士山のような存在がアララト山

しかし、現在はアララト山域は、第一次大戦中のオスマン帝国による西アルメニア人虐殺と強制移住によりトルコ領となって、近づくことさえできなくなっている。

日本人が『富~士は♪日本一の~山♪』と思うのと同じ気持ちのようなアララト山を奪われ、住む場所も命も奪われた。20世紀初のジェノサイドと言われていて、100万人以上のアルメニア人の命が1915年~1917年の短期間に奪われたという。

正確には、1920年12月アルメニアはソ連に併合されていたので、1921年ソ連とオスマントルコの間で、カルス条約締結という手打ちをして、アララト山はトルコに譲渡された。大国の力による支配で、国土も、信仰の山も、命も奪われていくことの悲劇がアルメニアにあり、アララト山は返っていない。永い迫害などで国外に逃れたアルメニア人も多い。

国旗の、は国の防衛と独立闘争で流されたアルメニア人の血、は穏やかな空と国土、オレンジは国民の創造的な才能と勤勉、神の恵み

バスの中で、ガイドのAniさんが、アルメニアの歴史を話し、日本の曲をシンセサイザーで演奏したり、日本とのつながりを話してくれたりした。三島由紀夫の「金閣寺」も読んだそうで、日本についての知識量が半端なかった。

mapの青い線は、バスの走ったコース、アルメニアは女性の横顔(左を向く)の形をしているという。

アララト山域は女性のあごの下の地域。その広い地域がトルコ領になった
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今もアルメニア人は、アララト山に心を寄せ、聖地として特別な思いで眺める

アララト山ビューポイントが国中にある 

      アルメニアのポピー モンツキヒナゲシ、ピエロとも言われる↓

アルメニアの山に木が生えていないのは、ソ連支配の時、電気を1日1時間しか使えなかった(止められた)ので、寒い時期は、木を薪にして暖を取るしかなかった。それで山の木を伐りつくしたのだそうだ

木が生えてない山 

植林しても、若葉のうちに放牧の牛や馬が食べてしまうので、なかなか森林にならないそうだ

わずか2kmでトルコ領の、アララト山に一番近い「ホル・ヴィラップ修道院」

沢山の観光客

アララト山が近い

↓ハチュカル「十字架の石」彫刻石碑 願いをかけたい石 信仰の石 

       コウノトリは、電柱の上に巣を作る(木がないからか?)↓

エチミアジン修道院 

アルメニア使徒教会  イエスの脇腹を刺したロンギヌスの槍と言われている槍の先↓

アルメニアは世界で初めてキリスト教を国教とした(西暦301年)

世界遺産の「ゲハルト修道院」4世紀創建 標高1700m 渓谷の岩を切ったり、上から掘ったりして造られた。その入口は左のところ↓

岩の教会内で讃美歌のアカペラコンサート 声の響きが心に染みる


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アルメニアワイン チーズ ドライフルーツ(瓶は自宅で)デミタスカップ アルメニアマグネット

明るく賑やかな夜の共和国広場 噴水ショー

アルメニアの若者がたくさん集まってくるエレバンの街

・・・・次に続きます